『おかえり!』

『おかえり!』とは

2016年

宮城県亘理郡山元町の沿岸部、花釜地区に曹洞宗普門寺が在る。2011年3月11日東日本大震災の大津波は本堂に瓦礫を突き刺さし、墓の棹石を薙ぎ倒し骨堂を洗い流した。安全を確保出来ないとの理由で自衛隊すら立ち入ることを制限させてしまったこの寺は、移転又は統合廃止されることとされた。為す術のない住職は只々無心に瓦礫を取り除き、ご遺骨の混じった砂を掻き集める。その膨大な砂を前に檀家さんは、いや、住職さえ立ち尽くすだけだった。

そんな時IVUSAと名乗る大学生ボランティア団体の若者たちが現れる。「ご遺骨を拾わせてくだい。」と。真っ直ぐなその目が、その想いが住職たちを動かす。誰もが不可能と諦めたご遺骨を拾い抜き、白い欠片は骨塚となったのだ。その光景を目の当たりにした檀家さんたちは立ち上がる。普門寺はそんな人々の手によって再建されその運命を変えたのだ。

普門寺には「山元町おてら災害ボランティアセンター」が立ち上がり、その後もIVUSAの山元町訪問は継続する。そして、休耕地を見つけたメンバーは畑を耕すと言い出す。地元の農家さんは反対。「たまにしか来れない人間が野菜を育てることは出来ない。」と。もっともである。しかし若者たちは諦めない。雑草を取り、耕し、種を蒔いた。その姿は地元のお年寄りを元気にした。この子らがまた来た時にガッカリさせてはならないと手入れを始める。そして一緒に収穫することとなる。

若者たちは山元町をふるさとのように想い、普門寺を実家のように慕う。何時しか「ただいま!」「おかえり!」「行ってきます!」「行ってらっしゃい!」が普通になった。

こんな光景は、ここ山元町だけではない。隣の亘理町でも、その隣の岩沼市でも、宮城県、岩手県、福島県…。いや、東日本大震災だけではないく、その後も災害に見舞われた多くの地域で同じような光景が生まれている。

災害は不運で不幸な出来事です。でも、命が助かったのなら絶望ではありません。亡くなられた方々の生きた証を想いやれるのは、語り継げるのは生きた者だけなのですから。壊れた大地を耕せるのも、生きた者だけなのですから。と、若者たちの無心で、明るく、元気に作業をつづける姿が気づかせてくれる。どうぞ、お近くにいる若者たちに「おかえり!」と微笑みかけてください。

歌詞

『おかえり!』

1

愛しむように掬い集めた膨大な砂を前に立ち尽くす人々

あなたは白い欠片を拾いあげると言った

真っ直ぐなその目は運命さえも変えた

 

あなたが出逢わなければ忘れ去られたはずの場所

白い欠片は祈りの塚に そして愛が集まり始めた

 

祈りの塚に朝日が差す 希望の笑顔を照らして

祈りの塚に夕日が差す 無常の影に優しく

 

2

あなたは教えてくれる不運は不幸な出来事だけれど

命あれば絶望ではないと

あなたの笑い声が 見えない未来の闇に 希望の光を灯す

 

もしも、こころが疲れたら 前へ進めないな

流れる雲を見上げて そして、思い出してみて欲しい

 

あなたが流した汗と あなたが流した涙

やがて川へ、海へ そして空へ、大地へ

 

3

あなたの想い溢れて 諦めの大地に夢の種を蒔けば

天は喜び雨を降らし あなたの足跡から 芽吹き、花咲き、笑顔が咲く

実りは希望の証し

 

潮の香りが懐かしいと 波の音が恋しいと

思ったなら目を閉じて 記憶の中、祈れば良い

 

ここで待っていると 約束した気でいるから

あなたのふるさとに なった気でいるから

 

ただいま!と元気な声

おかえり!と微笑み返す

それが、いつもの、いつもの景色に溶ける